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●片岡健吉 かたおかけんきち

アジア 日本 AD1843 江戸時代

 1843〜1903(天保14〜明治36)明治の政治家。幼名を寅五郎。高知城下中島町の土佐藩土の家に生まれる。戊辰戦争では迅衝隊左半大隊司令兼大軍監として戦功をあげた。帰藩後は藩の軍政にたずさわる。1871年(明治4)藩の権大参事となり,藩より選ばれて軍事研究のため欧米への旅に出る。2年後帰国して海軍中佐となるが,征韓論に敗れて下野。高知に帰り,1874年板垣退助とともに立志社を創立,自由民権運動を展開した。1877年民選議院設立建白書を京都行在所に提出する。また立志社の暴動計画のため禁獄100日に処せられた。1880年国会期成同盟代表として,河野広中とともに国会開設請願書を太政官に提出。翌年立志社社長を辞し,高知新聞社社長。さらに翌年海南自由党を結成。その後キリスト教に近づき,1885年に受洗。1887年三大事件建白運動のため上京,保安条例による首都退去命令に抵抗して軽禁固2年6カ月に処せられたが,憲法発布の大赦で出獄した。