50音順    検 索

●華族 かぞく

AD 

 明治維新前は,清華と呼ばれた公卿の別称であり,三条・菊亭・大炊御門・花山院・徳大寺・西園寺・醍醐・久我・広幡の九家がこれにあたったが,1869年(明治2)6月17日公卿および諸侯が華族と改称された。これは清華とはまったく異なり,その意義も違う。当初東京府にのち宮内省に属し,1882年(明治5)には華族局が設置され,さらに1884年7月7日華族令が制定され,従来の華族はその勲功経歴により,公・侯・伯・子・男の五等爵が授けられ,また維新前後国家にとくに功績のあった者とその嗣子にも授爵の範囲は拡大された。この目的は,貴族院を構成させて衆議院に対抗させるためであり,華族の戸主は,貴族院議員の選挙権・被選挙権をもっていた。さらに礼遇・世襲財産の設定・家範の制定などの特権も有していた。1940年(昭和15)には公19・侯48・伯112・子392・男441家を数えたが,1947年(昭和22)日本国憲法の施行により,華族制度は廃止され,また将来類似の制度が出現することも禁止された。