●夏税秋糧 かぜいしゅうりょう
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中国,宋・元・明の,土地所有者が国家に納める賦税。唐中期(徳宗,780)の両税法の施行以来,税は夏と秋の2期に分けて徴収された。夏税の名称はそれ以後も変わらなかったが,秋税は宋代では秋苗,元代では秋税,明代では秋糧と呼ばれた。唐代の両税は,資産額に丁男数を考慮に入れて戸等を定めて戸税(貸幣)を,耕地面積に応じて地税(殻物)を徴収していたので,必ずしも田地に対する税でなかったが,宋代以降は,純然たる田税(土地税)となり,7月と11月に徴収された。宋制によれば,歳賦には公田(国有地)の賦・城郭の賦・丁口の賦・雑変の賦と並んで民田の賦があり,この民田(私有地)に課する税が夏税秋苗であった。宋の夏税は税額を銭で定め,実際には,農民たちは農業(桑栽培・養蚕・麻栽培)生産物を加工してつくった布・帛などの手工業生産物で納め,秋苗は,米・麦など殻物で納める現物納であった。元代では,この税は江南のみで行われ,その納税形態は宋制とほぼ同じであったが,夏税には,このころ新たに広く栽培されるようになった木綿がこれに加わった。明代では夏税・秋糧とも現物納をたてまえとしたが,地域と課税対象によってその種類はさまざまであった。そして明の中期以降,銀経済の発展に伴って,夏税秋糧も銀納化されるようになり,明の後期には,この賦税と,さらにそれと並んでもう一つの国家への人民の大きな負担をなし,同じくこのころ銀納化されつつあった徭役とを,銀で一括納入させる一条鞭法の施行により,この税法は廃止された。