●カースルレー
ヨーロッパ 英国 AD1769 ハノーヴァー・ウィンザー朝
1769〜1822 イギリスの政治家。イギリス系アイルランド貴族初代ロンドンデリー侯の子。本名はロバート=ステュアートであるが,一般にカースルレー子爵と呼ばれる。ケンブリッジ大学に学び,1790年アイルランド議会に入った。1794年イギリスの下院議員となり,トーリー党に属した。ピット(小)内閣の下で1797年アイルランド国璽尚書,1798年アイルランド事務長官をつとめ,イギリスとアイルランドの合同に尽カした。その後,1802年からインド監督局総裁,1805年から陸軍および植民大臣を歴任した。1809年外相カニングと反目して辞職し,決闘して彼を傷つけた。1812年リヴァプール内閣の外相に就任し,ナポレオン1世打倒に全力を尽くし,1814〜15年ウィーン会議にイギリス全権として出席した。世評では反動政治家のごとくみなされたが,必ずしも神聖同盟に同調するものではなく,同盟国の専制的傾向に反対しようと試みた。1822年外相在任中に自殺した。