●和宮 かずのみや
アジア 日本 AD1846 江戸時代
1846〜77(弘化3〜明治10) 親子内親王(ちかこないしんのう)。和宮はその幼名である。仁孝(にんこう)天皇第8皇女。生母は典侍橋本経子。桜田門外の変後,老中久世広周(くぜひろちか)・安藤信正を中心とする幕閣が成立し,井伊大老の与党を除去することとなる。また幕府は緊張した朝幕関係を緩和することをくわだて,孝明天皇妹の和宮親子内親王を将軍家茂(いえもち)の夫人にと奏請した。宮は6歳のときに,熾仁(たるひと)親王と婚約していた。天皇も宮も,さらには尊攘派有志は,家茂との結婚に反対したが,岩倉具視(いわくらともみ)の建議にもとづき勅許を得,1862年(文久2)結婚する。1866年(慶応2)に家茂が病死すると,薙髪し静寛院宮(せいかんいんのみや)と称した。慶喜(よしのぶ)を将軍に立て,これが大政奉還(たいせいほうかん)につながる。新政府軍の江戸進撃の中止,徳川氏の寛大な措置を嘆願し,平穏な江戸開城に功があった。