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●カスティリョーネ

ヨーロッパ イタリア共和国 AD1688 両シチリア王国

 郎世寧(ろうせいねい)1688〜1766(康煕27〜乾隆31)イタリア出身のイエズス会助修士で,宮廷画家として中国で活動した。画家として身を立てることができるほど才能に恵まれていたが,修道会に入ることの方を希望した。北京宮廷が西洋人の画家を求めていることを知り,修道会当局に渡中を志願して許された。1715年(康煕54)に北京に到着し,宣武門内にあった南堂に住んで宮廷に奉仕した。雍正帝はキリスト教に対しては極めて厳しい政策をとったが,彼の描く絵画には讃辞を惜しまず,さまざまの贈物を与えた。1723年(雍正元)に描いた「聚瑞図」は芽・花・実の3体の蓮を花瓶にさした図で彼の名を高めたものである。1728年(雍正6)には中国人がことに高く評価している「百駿図」を完成させた。乾隆帝も彼に愛顧を加え,さまざまの絵を描かせた。そのうちでは皇帝とその妃たちの肖像,中国人画家とともに仕上げた「円明園図」は有名。

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