●上総 かずさ
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現在の千葉県の1部をさす旧国名。古くは総(ふさ)の国といい,646年(大化2)上下2国に分かれ,南部を上総と称した。8世紀後半,東海道に編入され,市原郡に国府が置かれた。『和名抄』に水田2万2,846町歩余とある。大国ゆえに防人・蝦夷征討の兵力が徴用され,また,しばしば俘囚の反乱がおこった。平将門の乱後,在地領主層が台頭し,1028年(長元1)に平忠常の乱がおきたが,その一族は,鎌倉幕府創設に功をたて,下総・上総北半に勢力をひろげた。室町時代には上杉氏の本拠となり,のち安房の里見氏の傘下に入るが,1564年(永禄7)以降北半は後北条氏が支配した。江戸時代になると,譜代小藩領・天領・旗本知行地が分立する,複雑な入り組み支配がみられた。元禄期の総石高39万1,113石余,村数1,149。近世初期から,紀伊の漁民が来住し種々の漁法を伝えた。なかでも九十九里の地引網イワシ漁は名高く,商品作物の肥料干鰯(ほしか)の需要が増えるにつれ栄えた。1873年(明治6)現在の千葉県に統合された。