●カージャール朝 カージャールちょう
アジア イラン・イスラム共和国 AD1779
1779〜1925年 イランのトルコマン系王朝。カージャール族の族長アーガー=ムハンマドがイラン系ザンド朝を倒して王朝を創設し,都をテヘランに定めた。歴代七人の王が統治した。19世紀前半にカフカスの領有権をめぐって2度ロシアと戦い,敗北してゴレスターン条約・トルコマンチャーイ条約を結び同地方を割譲した。その後も英・露帝国主義の餌食になり,19世紀半ばには宗教・社会改革をめざすバーブの乱で国内が非常に混乱した。各分野にわたる近代化が試みられたが成功せず,外国への利権供与と外債で財政は破綻した。同世紀末には利権譲渡をめぐってタバコ−ボイコット運動がおこり,反帝国主義と専制打破に立ち上がった国民は1905年に立憲革命運動をおこし,国民議会が成立した。第一次世界大戦後は無政府状態に陥り,レザー=ハーンがクーデタで指導権を握り,軍部独裁体制を確立し,1924年国民議会は王朝廃止を決議し,翌年パフラヴィー朝がたてられた。