●カーシャーニー
アジア イラン・イスラム共和国 AD1885
1885〜1962 イランの宗教家。イラクのシーア派聖地ナジャフにおいて,イラン立憲革命を支持した高名な宗教指導者(ムジュタヒド)の下で諸学を修め,アーヤットラーの称号をもつ。第一次世界大戦中,イラクで反イギリス運動に参加したために,1919年死刑判決を受けたが,ひそかにイランヘ逃げ帰った。レザー=シャーの統治期には政治活動から身を引いていたが,1942年ドイツ人エイジェントとの関係を疑われ,イギリス軍当局により国外追放された。1950年に帰国後,高揚しつつあった石油国有化運動において,モサデク率いる国民戦線への大衆的支援を獲得する上で指導的役割を果たした。1953年には国会議長となり,国会では“イスラーム聖戦団”と称する代議士グループを率いた。モサデクの非宗教性に幻滅したカーシャーニーは野に下り,アメリカのCIAが仕掛けたといわれる1953年8月の王制派による反モサデク=クーデタを支持し,パフラヴィー体制復活を助けた。