●河朔三鎮 かさくさんちん
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中国,唐・五代の河北における魏博(天雄)・成徳(鎮冀)・幽州(廬龍)3藩鎮の総称。それぞれ,安・史の旧将田承嗣・李宝臣・李懐仙が乱の末期に唐朝に降り,河北に安堵されて成立した。節度使の世襲・租税の上供拒否・官吏の自由任免などを行い,これを「河朔の旧事」と称し,朝廷の統制を拒絶して半ば独立的に管轄地域を武断支配した。とくに徳宗・憲宗朝の中央による藩政介入策には,河南二鎮(平廬・淮西)と結んで激しい抵抗を行った。9世紀の初めには,憲宗の執拗な藩鎮抑圧策が成功して河南二鎮は滅び,河朔三鎮もいったんは屈服して朝命に服したが,すぐさま離反自立して唐末にいたる。かくして河朔三鎮は中央に対する強大な地方勢力たりえたが,藩内の情勢には必ずしも安定せず,有力軍将や特権化した親衛軍による下剋上的な節度使廃立が頻発したので,結局,節度使は軍情の安定のために朝廷の権威を借りざるをえず,このへんに河朔三鎮の自立反抗の限界があった。