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●過差 かさ

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 道徳風俗違反をさすことばをいう。603年(推古11)の冠位十二階の制定から,朝廷に出仕するさいの服装が決められ,律令制が整備されるに従って,庶民にいたるまで一定の服装が厳しく守られた。しかし,律令体制が弛緩すると,服装も自由に華美になってきたため,為政者は,心の面と同時に形の面からも体制の立て直しをはかろうと,服制に違反するのを過差として取り締まった。醍醐天皇(在位897〜930)は,左大臣藤原時平にわざと華美な礼服を着せて登庁させ,それをみて退庁させた(『大鏡』二)。しかし1334年(建武1)に後醍醐天皇(在位1338〜39)は,宣旨を出して過差を停止させている。このころになると華美な服装は一般的となり,婆裟羅といわれる奢侈のきわみを尽した着物が流行していた。江戸時代には,誤差のことを過差と記している(『暦象新書』)が,過差は度をこした華美としてよい。