●囲米 かこいまい
アジア 日本 AD
江戸時代,幕府・諸藩・町村などが,軍事・飢饉対策(備荒)・米価調節などを目的として穀物を貯えた制度。置き米・囲籾(かこいもみ)・囲穀(いこく)などともいう。会津藩主保科正之が1655年(明暦1)に領内で行った囲米は,備荒・米価対策目的の早いものである。また幕府は初期より直轄都市で囲米を行うと同時に,1683年(天和3)以降,しばしば諸藩に囲米を命じている。一方,町方や村方の組織・資金を利用したものとしては,寛政の改革による囲米が有名であり,七分積金を資金とした江戸町会所籾蔵の囲米を初めとして,京・大坂など多くの都市で貯穀が行われ,また農村に対しても郷蔵設立の奨励政策がとられた。囲米の政策意図に関しては,初期の軍事目的がしだいに薄れ,窮民対策や米価政策の性格が強くなる傾向がみられる。また幕末には,囲米を資本材として貸しつけるなど多面的な運用も行われた。なお,1843年(天保14)の囲籾量は,幕府に55万石,諸藩に88万石,江戸町会所に23万石であったという。