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●火耕水耨 かこうすいどう

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国,漢代の揚子江中下流域に行われていたという一種の稲作農法。『史記』平準書の貨殖列伝・『漢書』武帝本紀・『塩鉄論』などにこの語がみえるが,内容を具体的に説明するものはなく,各項の注釈家の解釈によって理解する段階でしかない。後漢末の人,応劭が『漢書』武帝本紀に付した注によれば,〈草を焼きそののちに水をひき稲を植え,草と稲がともに成育し,7,8寸になったころに草を苅り再び水をひく,すると草は枯れ稲のみが水上に頭を出すので成育するという方法〉であるという。これによれば,水稲直播農法であって,現在のような移植法(田植え)は行われていない。諸説で問題とされる点は,最初に焼き払われる草が休閑期間に茂ったものか,連作による前年の苅り取り後に生じた草または苅り残された稲わらかということである。『周礼』の鄭玄の注や6世紀の農書『斉民要術』の記載によれば,休閑法であろうといわれている。

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