●学力論争 がくりょくろんそう
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学力とは,学校教育によって系統的に伝達される知識・技能を核として子供のなかに形成される人間的能力のことである。学校でつけられるこうした人間的能力は,子供の人格全体の発達と大きくかかわりあっている。この事実を教育学的にどのようにとらえ直すかについての研究分野が学力論といわれている。学力論は,能力論・人格論・評価論・教育内容論・学習論とかかわって論議されてきた。学力という概念が意識的に問題にされてくるのは,1950年前後の戦後新教育の是非をめぐる論争が最初である。それは,経験主義・児童中心主義にもとづく新教育のもとで,「読・書・算」の「基礎学力」が低下したことを契機としていた。新教育の推進者である馬場四郎・海後勝雄らは,本当に学力が低下したのか,むしろ主体的思考力や問題解決能力などは戦前に比して向上している,とその正当性を主張した。他方,日本民主主義教育協会や民主主義科学者協会教育部会に結集していた国分一太郎らは,「学力低下」をもたらした新教育を批判し,「読・書・算」の重要性を主張した。この主張は,その後,単に3R’s(読み・書き・計算のこと)の意義の強調にとどまらず,公教育における国民的教養の最低必要量の確保という主張に発展していった。学力が問題とされた第2の時期は,勤評・学テ体制の進行を背景とする1960年前後である。この時期の論争は,教科研究・授業研究の発展,教育内容の現代化の動向のなかで,学力の問題が教育内容や方法の実践的改善と結びつけて論じられてくる。この時期を代表する学力論は,学力の中核に「態度」をすえ,その周囲に「概括能力」と「要素能力」を位置づけた広岡亮蔵の説である。広岡説に対しては,学力が主体の意識からとらえられ,子供の心構えとして論じられる「態度主義」であり,新しい教育内容や教材の創造につながらないとする批判がある。また,今日の学力論にまで影響を与えているものに,学力をその計測可能性という観点から限定的にとらえることによって,教育内容の科学化と指導の系統化の手がかりにしようとした勝田守一の学力論がある。この時期の学力論議は,学力の客観的側面(教育内容)と主体的側面(子供の内面的諸能力)との相互関係についての問題提起であった。1970年代に入ると,大量の落ちこぼれ現象,子供の全生活の非人間化のなかで,学力に「わかる力」「生きる力」を含める必要があるという坂本忠芳の問題提起をめぐって論争が展開される。坂元は,身体的・知的諸能力が子供の全生活のなかで育てられていなければ,学習も成立せず,学力も発達させられないとした。そして,意欲や感情・価値意識も学力と深くかかわっており,人格との関連において学力をとらえるべきだとした。これに対して,鈴木秀一・藤岡信勝は,それらを含めると第2期に問題にされた学力の態度主義的把握に通じると批判し,教育内容の科学的構成に力点を置いた論を展開した。だが,この批判については検討が必要である。なぜなら学力の不可欠の構成要素である知識や技能の獲得でもって,一義的に学力という人格特性としての「能力」が形成されたとはいえないからである。なお,漠然とした態度目標を排して習得すべき達成目標を明確化して全員の学力を保障しようとする到達度評価研究がある。そのさい,思考力や情意的側面をどう評価するかにかかわって今日の学力論争の一翼を担っている。学力論争は基本的にいえば,知識内容を重視して学力をとらえるか,それとも思考力・態度を重視して学力をとらえるかの対立であり,今日,その対立の克服が課題なのである。教科内容を習得する内化と,そのことを通して思考力を発達させる外化とは,一つの同一の授業過程の2側面としてとらえなければならない。〔参考文献〕城丸章夫『現代日本教育論』1959,新評論
勝田守一『能力と発達と学習』1964,国土社
広岡亮蔵『現代の学力問題』1978,明治図書
坂元忠芳『子どもの能力と学力』1976,青木書店