●神楽太夫 かぐらだゆう
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村落にあって神事芸能である“神楽”を演じる者。中世期には里修験などの下級宗教者であったが,近世に入って村神主として定着,神社祭祀を行うと同時に,神楽をも執行した。なお伊勢神宮の下級御師(おし)で,獅子頭に皇太神を勧請して諸国をまわった大神楽(だいかぐら)の演者を呼ぶ場合もある。神楽は中世に里修験が先祖神を祀る場に,猿楽(さるがく)能をもち込んで神の姿をより具体化したが,この里修験は古くは法者(ほさ),中世末期ごろから太夫の名で呼ばれた。採物(とりもの)舞や,祭文(さいもん)・神話を能として演じる出雲系の神楽を伝承する地では,一地域の神楽太夫が集まって神楽組を組織,協力して数年に1度の式年神楽を執行した。場立てを中心とする伊勢系の中部地方の神楽では,世襲の神楽太夫(鍵取ともいう)を中心に,宮人(みょうど)と呼ぶ数名の旧家の者が協力して祭礼を執行する。〔参考文献〕本田安次編『講座日本の民俗8芸能』1979,有精堂