●岳飛 がくひ
AD
1103〜41 字は鵬挙。中国,南宋の武将。相川,湯陰(河南省湯陰県)の人。農民の出身であるが,1122年(宣和4)義勇軍に応募し,南下してきた金軍との交戦や国内の反乱軍鎮定に功をあげて,しだいに昇進した。岳飛の軍は,規律が厳正で勇敢であり,高宗より精忠岳飛と手書した軍旗を下賜されたことは有名。1137年(紹興7)には宣撫使に任命され,劉光世・韓世忠・張俊とともに,南宋代表的軍閥となった。金軍も彼の軍の精強を恐れたといわれ,また学問を好み武将としては異色の存在であった。しかしこれが軍閥たちの反感のもととなり,一方金との講和の成立を推進していた秦檜に邪魔者視され,1141(紹興11)年,無実の罪で獄死した。死後その冤罪が明らかとなり,孝宗より武鑓の謚号を賜り,寧宗の時代に鄂王に追悼された。現在にいたるまで救国の民族的英雄として尊崇され,杭州西湖畔の岳王廟には参詣者が多い。書家としても有名であり,雄渾の書体は特徴的である。
![]()