50音順    検 索

●学田 がくでん

アジア 中華人民共和国 AD 

 宋代以後,学校の経営費をまかなうための田地。中国では五代(10世紀)のころ,廬山(江西省)の書院(のちの白鹿洞書院)に学田10頃(けい)が設けられたといわれるが,宋代で科挙制の確立とともに学田の設置が盛んとなった。府や州ごとに学校が設けられ,科挙をめざす青年が集まり教官(学官)がおかれた。宋では学校ごとに5〜10頃の学田が政府から支給された。南宋から元にかけて有力者による名目的寄贈などでその規模が増加し,元代では数百頃の学田をもつ学校もあった。学田は佃戸に耕作させ,小作料(学田租)は学校の運営にあてられた。しかし有力者や役人による独占など,管理上の問題が多く,元では学校に直接小作料の徴収を行わせて学内を保護した。また明初では学田の規定をつくり,府学1,000石,州学800石,県学600石,應天府学1,600石とし,官吏をおいて出納を司らせた。清の雍正年間(1723〜35),学内の総面積3,900頃であった。民国以後,官の学田は廃止されたが,私学の学田は存続した。