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●学徒動員 がくとどういん

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 戦時労働力として,学生・生徒たちが強制的に勤労作業に狩り出された。食糧増産を主にした学徒隊が組織されたのは1938年(昭和13)からであったが,太平洋戦争開始とともに,これが拡大強化されるにいたった。すなわち1943年(昭和18)6月,学徒戦時動員体制確立要綱が閣議決定され,引きつづき翌1944年(昭和19)1月,緊急勤労動員方策要綱となって,中学校以上の学徒が,工場・事業所などにある一定期間を区切って動員されることになった。翌2月,戦局緊迫に即してさらに決戦非常措置要綱が決定され,国民学校初等科を除く生徒にまで,年間を通じての動員体制が強行されたのである。国民学校高等料の,こんにちでいう中学生たちまでが教室を追われ,「神風」の朱文字の鉢巻を額に締めて,国土防衛の一翼を担ったのは,1944年9月からであった。こうして学校・教室から追われていった学徒・生徒の総数は350万人に近く,動員期間中に1万人余が死亡したといわれるが,詳細は明らかでない。

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