●郭松齢 かくしょうれい
アジア 中華人民共和国 AD1886 清
1886〜1925 字は茂辰。奉天省(遼寧省)瀋陽県の人。中華民国時代の軍閥。奉天陸軍講武学・北京陸軍大学を卒業して,清末に朱慶瀾の部下となり奉天防軍に入った。1916年には軍閥張作霖の部下となり,奉天陸軍講武学堂教官として張作霖の子の学良の教育にもあたった。1920年来,東三省陸軍の要職にあったが,奉天軍の入関後は張学良の後見役をつとめた。この間奉天軍講武学堂出身者を糾合して軍官派を結成し,楊宇霆らの日本留学派と対立するにいたった。1925年に奉天・国民両軍の関係が切迫した時には,第三方面軍副軍長兼第10軍長として天津に出動したが,両軍妥協後の11月には馮玉祥・李景林と連絡して河北省唐山市北東で反旗を翻した。東三省の政治改革・張作霖の下野を要求してのことであったが,その背後には楊宇霆との対立があった。自ら東北軍総司令となって奉天に進撃したが戦に敗れ,夫婦ともども捕われて銃殺されている。
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