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●鄂州 がくしゅう

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国,湖北省武昌の古名。春秋時代の楚の1邑であった鄂(がく)から名づけられた。秦・漢・後漢時代,鄂県を置き,三国時代,呉は武昌県と改めた。晋以後また鄂県の名に戻された。隋から宋までだいたい鄂州といった。元では鄂,州路を置き,のち武昌府に改める。明以降は武昌路といった。揚子江の東岸にあり,漢水との合流点近くに位置し,古来,軍事・経済・交通上きわめて重要な役割を果たしてきた。三国時代,呉の孫権はここに築城し,魏・蜀と対峙した。呉の時代ここを都にしたこともある。晋代にも有力な武将が相ついで鎮護し,南北朝時代はもちろん,後代にもしばしばこの地の帰趨が軍事上重要な意味をもった。南宋時代に蒙古軍が南侵してくると,1259年(開慶1)この地をめぐってフビライ(忽必烈)の率いる軍隊と南宋軍が戦った(鄂州の役)。清では1州(長県)を統べる府として,湖北市政使司の治所であった。