●核実験 かくじっけん
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原子爆弾・水素爆弾などの核兵器や各種核爆発装置を,さまざまな条件や環境のもとで実際に爆発させて,その性能などを調べる実験である。【最初の核実験】アメリカが,ニューメキシコ州のアラモゴード核実験場で,トリニティと名づけた原子爆弾を,1945年7月16日午前5時29分45秒に爆発させたのが,人類史上最初の核実験である。このときの爆発威力は,TNT火薬に換算して19ktであった。この実験後,アメリカは直ちに実戦用につくり上げていた2発の原子爆弾をマリアナ諸島のテニアン島に運び,「リトルボーイ」と名づけられた最初の原子爆弾(ウラニウム235夕イプ)が,8月6日にここを飛び立った飛行機(エノラ=ゲイ号)から広島市に投下された。それから3日後には,「ファットマン」と名づけられた2番目の原爆(プルトニウム239タイプ)が長崎市に投下された。
【核実験実施国と実施回数】アメリカの核実験につづき,ソ連が1949年8月29日に原爆の実験を行った。ソ連につづきイギリス(1952年10月3日)・フランス(1960年2月13日)・中国(1964年10月16日)・インド(1974年5月18日)と,原爆の爆発実験が行われ,いわゆる核クラブ入りした国は6カ国となった。アメリカではその後原爆に比べケタ違いに大きな爆発力をもつ水素爆弾の開発が行われ,1952年10月31日に最初の水爆実験がマーシャル諸島のエニウェタク環礁で行われた。威力は10.4メガトンであった。その翌年にはソ連も水爆の実験に成功した(1953年8月12日)。ソ連につづき水爆の実験を行った国は,イギリス(1957年5月15日)・中国(1967年6月17日)・フランス(1968年8月24日)の3カ国である。1983年11月30日までに実施された,核兵器所有国による核実験の推定実施回数は,次のとおりである。( )内は,1963年8月の部分的核実験停止条約締結後に行われた実験回数である。アメリカ671(378)・ソ連429(272)・イギリス35(12)・フランス94(86)・中国27(27)・インド1(1)で,合計1,257(776)である。
【核実験の種類】爆発させる場所によって区分すれば,次の4種類に分類することができる。[1]大気圏内実験(これはさらに空中実験と地上実験とに分けることができる),[2]大気圏外実験,[3]水中実験,[4]地下実験。しかし,現在では150ktまでの地下実験を除き,すべての核実験が国際条約により禁止されている。
【太平洋における核実験場】アメリカ・イギリス・フランス3国は,いずれも太平洋の諸小島を核実験場として使用してきた。まずアメリカは,本国のネバダ実験場を除けば,ほとんどの実験を信託統治領ミクロネシアのマーシャル諸島内の環礁を利用して実施した。実験場となった環礁は,ビキニ・エニウェタク両環礁である。ビキニ環礁は1946年から実験場となり,島民はロンゲリック環礁に移住させられ,さらにキリ島に再移住させられた。エニウェタク環礁は1948年から実験場となり,島民はウジェラン環礁に移住させられた。エニウェタク環礁では最初の水爆実験も行われた。アメリカは,この両環礁以外にアメリカ領であるジョンストン島上空でも12回にわたって核実験を実施した。イギリスは,ほとんどの核実験を,当時イギリス領であり現在はキリバス共和国となっているクリスマス島で行った。クリスマス島は,アメリカも単独またはイギリスとの共同実験で利用した。フランスも,サハラ砂漠で原爆実験を実施したのを除けば,すべての核実験をフランス領ポリネシア,ツアモツ諸島のムルロア環礁とファンガタウア環礁で行い,現在なおムルロア環礁で地下核実験を行っている。
【核実験禁止条約】1963年8月5日,アメリカ・イギリス・ソ連3国がモスクワで「部分的核実験禁止条約」に調印して,大気圏内・宇宙空間および水中における核兵器実験が禁止されることになった。この条約には,現在までに109カ国が署名した。しかし,地下核実験が規制の対象からはずれている点と,この条約に加わっていない国があることにまだ問題が残されている。
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