50音順    検 索

●郭子興 かくしこう

アジア 中華人民共和国 AD 

 ?〜1355中国,元末の反乱者の一人。死後の1370年(洪武3),明の太祖によってジョヨウ※注1※王を贈封された。太祖の皇后馬氏はその養女,3子を生んだ恵妃はその季女。山東曹州の出であるが,父郭公のときに安徽定遠に移り,占術によって富翁の信を得てその婿となった。子興はその3男1女の中子。殖産に励んで家を富ませた。紅巾の乱がおこると,1352年(至正12)2月,郷里保全をはかる土豪孫徳崖ら四人とともに,濠州によって挙兵した。翌月に麾下に参じた朱元瑛(のちの洪武帝)を重用して勢力を張ったが,趙均用らと軍を合すると,士興と孫らとのあいだに確執を生じ,1353年(至正12)6月もしくは1354年(至正13)4月には,彼らと袂をわかって元璋にジョヨウ※注1※に迎えられた。郷土保全に対する意識の差が,この集団の分裂を生んだと思われる。やがて,元璋と孫らとの友好関係が復活すると,子興はそのことを快く思わず,1355年(至正15)3月,和陽で死亡した。その直後,子興の子天叙は韓林児の建国した宋から都元帥の称を受けた。

00

01