●学館院 がくかんいん
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有職故実書として有名な『西宮記』には850年(嘉祥3)の創立とあるが,承和年間後期(844〜847)の建立とおもわれる。橘氏の大学。橘嘉智子が弟の右大臣氏公と相談して建立。ほかの大学別曹の位置が大学寮に近接していたのに対し,これは大学寮からやや離れて,右京の二条西大宮付近にあった。橘好古の秦状によって964年(康保1),初めて大学寮の別曹となった。平安末期には荒廃し,1147年(久安3)には,平時信が新たにつくることを鳥羽法皇に奏上したが,それは実現せず,荒廃のまま過ぎた。別当には橘氏長者がなったが,橘家衰微後は藤原氏九条家の摂関の人が,これに代わってなった。藤原道隆をはじめとして,これを橘氏是定(せじょう)という。学館院別当と学館院領は中世まで存続した。ほかの大学別曹は年挙が毎年行われたのに対して学館院のそれは隔年になっていることが特徴である。〔参考文献〕桃裕行『上代学制の研究』1983,吉川弘文館