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●何休 かきゅう

アジア 中華人民共和国 AD129 後漢

 129〜182 中国,後漢末の儒学者。任城樊(はん)(山東省済寧市)の人。字は邵公。質朴寡黙な学者で六経に精通し,暦算もよくした。若いとき,郎中にあげられたが辞去し,州郡にも仕えなかった。たまたま声望の高い陳蕃(ちんばん)に招かれ政治に参与したが,党錮の禁にあい官を退いて研究に専念。名著『春秋公羊解詁(くようかいこ)』を著し,『孝経』『論語』などの注釈をするとともに,『春秋』に照らして漢の政情を批判した。『公羊伝』こそ孔子の精神を伝えるものとして称揚し,『公羊墨守』『左氏膏盲(こうこう)』『穀梁廃疾』を著し,『左氏伝』『穀梁伝』を批判したが,鄭玄(じょうげん)の反論を受けた。党錮の禁が解除されたのち,議郎・諫議大夫を歴任し,182年(光和5)54歳で没した。『春秋公羊解詁』は,『春秋』理解のために“三科九旨”の原理を説き,『春秋』の体系的解釈を試みたものとして,公羊学史上重要な位置を占める。