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●嘉吉の乱 かきつのらん

アジア 日本 AD1441 室町時代

1441年(嘉吉1)赤松満祐が将軍足利義教を暗殺し、満祐も幕府に討たれた事件。赤松氏は尊氏挙兵のときの功労により、播磨・備前・美作の守護を兼ね、幕府重職の一つである侍所所司に任ぜられるなど四職家として重きをなしていた。ところが満祐の代になると、有力守護の権力を抑えようとする幕府から圧迫が加えられ、1427年(応永34)には将軍義持が播磨を、1437年(永享9)には義教が播磨・美作両国を召し上げようとした。さらに1440年(永享10)満祐の弟義雅の所領が召し上げられるに及び、身の危険を感じた満祐は翌1441年、結城合戦平定の祝賀と称して義教を京都の自邸に招き、猿楽観賞の席で殺害した。これに対し幕府は義教の子義勝を立て、管領細川持之・山名持豊を中心に討伐の兵をおこし、播磨に逃れた満祐を追討、満祐は自害、一族はいったん滅亡した。この乱は永享の乱につづく反逆事件として、その後の幕府の権威を失墜させる要因となった。