50音順    検 索

●価格革命 かかくかくめい

ヨーロッパ ヨーロッパ AD 

 16世紀を中心にヨーロッパ諸国におこった長期の物価騰貴のこと。騰貴は早いところでは15世紀末から始まり,17世紀初頭(1620ごろ)までつづいたが,地域によって時期にも,騰貴の幅にも大きな差があった。

【原因論】このような物価騰貴の原因については,基本的に通貨的要因を強調する意見と一般商品の需給バランスを重視する学説とがあって対立している。イベリア半島やフランスなどについては前者の見解が有力で,イギリスなどについては後者の方が一般的といえよう。通貨論的な説明では.中世末以来の南ドイツ銀山の開発,とりわけ1540年代以降のペルー・メキシコ銀の大量供給が重視され,“価格革命”は“商業革命”の一部とさえみなされる。このほか,財政難に悩む各国君主が通貨の悪鋳を繰り返したことも,同様に通貨の名目供給量をふやした,と考えられる。しかし,ヨーロッパ各地を詳細にみると,新世界銀の流入時期と物価騰貴の始点とは必ずしも一致しないし,地価や穀物価格の激しい上昇に比べて,毛織物などの工業製品や労働の価格(賃金)はそれほど上昇しないなど,商品間の格差も激しく,通貨的要因では説明しきれないものがあることを示している。純理論的にも,通貨ストックの増減が物価にはね返る筋道には,通貨の流通速度や通貨を媒介とする取引の総量など,いくつかの中間項が介在しており,いきなり両者を直結はできない。したがって,むしろ何らかの原因で,16世紀のヨーロッパに広く生じた人口増加と,農業(食糧・原料・燃料)生産とのバランスの変化の方が,より根本的な原因だと考えられる。人口増加は食糧や工業原料(たとえは羊毛)の需要を激増させ,ひいては地価を急騰させるが,同時に労働力の供給をも増やし,賃金の上昇を抑制するのである。

【結果論】“価格革命”の物価騰貴そのものは,ごく短期の変動を別にすれば,1世紀のあいだに数倍という程度にすぎず,今日からみればもちろん,歴史的にいっても類例のないような現象ではない。しかし,この時期の物価騰貴は,伝統的なヨーロッパの社会的・経済的構造を分解・解体し,新たな資本主義的活動を育む役割を果たしたところに,その歴史的意味が認められる。すなわち,長期にわたる物価騰貴で,長期の半ば慣習化した固定地代に頼る封建領主層は,しだいにその経済的基盤が弱まり,逆に,企業家的な活動に熱心な「資本家的」地主には,膨大な利潤がもたらされたために,封建制の解体,農業資本主義の成立に寄与する結果になったのである。イギリスにおける新興地主層としてのジェントリの勃興と,封建領主的性格を色濃く残していた貴族層の没落とは,その例である。“価格革命”の研究者として最も著名なアメリカ人ハミルトンや経済学者ケインズは,イギリスとスペインなどとの物価変動を対比し,イギリスでは賃金の上昇率をはるかに上回る一般物価(つまり製品価格)の上昇があり,企業家には当初の予想を遥かに超える利潤が得られる状態(“利潤インフレ”)が認められたと主張した。これがイギリスで資本主義が勃興した主要原因であり,逆に“コスト=インフレ”傾向のみられたスペイン経済は,16世紀のうちに急速に衰退した,というのである。この学説には,実証上強い批判もあるが,なおある程度の説得力をもっているといえよう。

〔参考文献〕竹岡敬温『近代フランス物価史序説』1974,創文社

川北稔『工業化の歴史的前提」1983,岩波書店

角山栄・川北稔編『講座西洋経済史』I 1979,同文館