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●加賀 かが

アジア 日本 AD 

 石川県南半分の旧国名。北陸道に属し,南は越前,東は越中・飛騨,北は能登に接し,西北は日本海に面する。無土器時代の遺跡は少なく,縄文時代は東西文化圏の影響を受けた。弥生時代は後期に大規模な集落が発達し,2世紀西日本文化圏に組み入れられた。銅鐸分布の北限。越国の一部,823年(弘仁14)越前より分離。白山信仰は奈良から平安時代にかけて盛んになった。荘園の設置はむしろ鎌倉時代以後。大乗寺は曹洞宗の本拠となった。戦国時代守護富樫氏を滅ぼした一向宗徒は,尾出御坊を中心に約1世紀間加賀を支配した。一向一揆軍は織田・佐久間軍に鎮圧され,のち加賀には外様大名前田氏が封ぜられ金沢を中心にして百万石を領した。3代利常をはじめ代々の藩主は殖産興業・文化(とくに美術工芸・芸能)振興に力を入れた。藩校明倫堂(文)・経武館(武)は有名。1759年(宝暦9)金沢大火,1万戸が焼失,安政年間には米価暴騰から大農民一揆がおきた。戊辰戦争では官軍に協力。1883年(明治16)ようやく現在の石川県にまとまった。

〔参考文献〕下出積與『石川県の歴史』1970,山川出版社

『郷土の歴史中部編』1959,宝文館

『国史大辞典』1980,吉川弘文館