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●海陵王 かいりょうおう

アジア 中華人民共和国 AD1122 北宋

 1122〜61(在位1149〜61)中国,金第4代の皇帝。死後,海陵郡王ついで庶人に貶されたためこう呼ばれる。当時,従弟の煕宗が人望を失っていた情勢を利用し彼を殺害,即位した。彼は国初以来の都であった上京会寧府(ハルビン南東の阿城県)から燕京(北京)を中都と称し,宗室を華北に移住させ,尚書省だけで政治を行うなどの改革を行った。さらに南宋を滅ぼし天下統一をはかろうとし,自ら揚子江岸に出陣したが,無謀な戦争は国内の不満を爆発させ,満州では,のちの世宗が擁立され,彼自身も揚州の陣中で殺害された。後世,史家に無道ぶりを批判されるが,熱烈な中国文化愛好者で教養人でもあった。

〔参考文献〕金史5,海陵紀,田村実造「金の海陵王燕京遷都の一考察」『紀元二千六百年記念史学論文集』1941

外山軍治「海陵王」東洋史研究7−4