●カイラワーン
アフリカ チュニジア共和国 AD
チュニジア共和国中部の都市。ウマイヤ朝のイフリーキーヤ総督,ウクバ=イブン=ナーフィーが,670年に軍事都市(ミスル)として建設。以後,アラブ人の北アフリカ支配の拠点となったため,アラブ人と土着のベルベル人とのあいだでよく争いがおき,政治的には必ずしも安定していなかったが,9世紀にアグラブ朝の首都となると,政局もしだいに落ち着きはじめ,繁栄を享受した。11世紀中ごろ,すでに北アフリカの領土のほとんどを失っていたファーティマ朝が,そそのかして上エジプトから移住させたアラブ系遊牧民のヒラール族とスライム族によって破壊されてから,衰退した。ウクバによってこの地に建てられた大モスクは,マグリブ最古のものであり,のちにカイラワーンは,このモスクを中心に北アフリカ最大のイスラームの聖地となった。現在もイスラーム教徒にとっては,メッカ・メディナ・イェルサレムに次ぐ,第4の聖地とされている。