●解放区 かいほうく
アジア 中華人民共和国 AD
解放区とは,1937年(民国26)9月第2次国共合作・抗日民族統一戦線の成立前後から,1949年10月の中華人民共和国成立までの中国共産党地区をさす。日中戦争時期,それは日本の侵略・占領区や国民党統治区に対して〈抗日根拠地〉もしくは〈辺地〉と称され,後に“旧”解放区と呼ばれた。国共内戦期に新たに拡大された共産党地区は“新”解放区という。これら解放区の前身は〈革命根拠地〉〈ソヴィエト区〉である。1927年毛沢東指導の井岡山革命根拠地に始まった。これら革命根拠地は,国民党軍の全国的包囲攻撃によって陝北・陝甘辺革命根拠地を除いて放棄され,〈長征〉をへて,紅軍の多くは1935年に陝西省に結集した。こうして中央革命根拠地として陝甘寧ソヴィエトが形成されたのである。1937年7月,中共中央は国民党三中全会に第2次国共合作の宣言文を送り,ソヴィエト政府を取り消し,中華民国特区政府と改称することを提起した。廬山会議をへて,9月には蒋介石が共産党の合法的地位を認め,第2次国共合作が成立した。これに伴い,陝甘寧ソヴィエトは陝甘寧辺区,すなわち〈解放区〉と称されるようになり,華北の紅軍は国民革命八路軍に,つづいて華中・華南の紅軍は新四軍となった。陝甘寧辺区の支配区は,延安・甘泉・延川・延長・安定・保安・靖辺・神木・府谷・淳化・環県・慶陽・川・合水・鎮原・寧県・正寧・塩池・綏徳・米脂などであり,最高時には定辺・呉塗・葭県を加えた26県である。陝甘寧辺区以外の解放区としては以下のものがあげられる。[1]晋察冀(山西・チヤハル・河北)辺区。1938年1月に八路軍第115師団などによって樹立され,北岳・中・冀察遼の3区に分かれる。[2]晋冀魯予(山西・河北・山東・河南)辺区。1941年冬,八路軍第129師団や第115師団によって樹立され,太行・太岳・冀魯予・冀南の4区に分かれる。[3]晋綏辺区は,山西省西北部と綏遠省東南部を支配区とした。[4]山東区。山東民衆は共産党地方組織の指導下に,第115師団と協力して創設した。[5]華中区。新四軍によって樹立され,江蘇・安徽・湖北を支配区とする。[6]華南区。東江および抗日根拠地によって形成されている。