●会寧府 かいねいふ
アジア 中華人民共和国 AD
1115年から1234年にわたって中国を支配した征服王朝の一つである金王室完顔(ワンヤン)氏(女真族)発祥の地。現在の黒龍江省阿城県白城付近と推定される。はじめ会寧州であったが,第2代太宗(晟,呉乞買)のとき会寧府となり,会寧・曲江・宜春の3県を統轄した。第3代煕宗(亶,合剌)の1138年(天春1)上京となり,上京留守司を置いた。煕宗の時代から,金は中国風の官制に切り替えるなど,女真的国家からしだいに中国的国家に変容していったが,第4代海陵王(亮,迪古乃)にいたって中国化政策はいっそう強まり,1153年(貞元1),ついに上京会寧府を捨てて,華北の要地大興府(河北省北京)ヘの遷都を断行し,中都と称した。上京会寧府は,国初から中都遷都までの約40年間,金の首都として威容を誇ったが,これ以後急速に衰えた。第5代世宗(雍,烏禄)の1173年(大定13)再び上京を置いて再興を試みたが,金の滅亡とともに破壊された。