●改土帰流 かいどきりゅう
アジア 中華人民共和国 AD
中国,明代以降,土司・土官の存在する地域に対して実施された政治政策の一つ。中国の西部および西南部には古来より,イ族やミャオ族を初めとして多くの少数民族が居住しており,中国の支配を受け入れず,彼らは化外の民として放置されていた。しかし元朝がこれらの地方を版図(はんと)に組み入れると,各地域の少数民族の酋長を土司・土官に任命し,彼ら独自の慣習に従ってそれぞれの少数民族を統治させるという間接統治の政策をとった。この統治政策を土司制度といい,西南少数民族の統治政策の一つとして,元・明・清3代のあいだに整備拡充されていく。しかし中国内地に近い地方では,中国人移住の増加とともに,少数民族の中国化がすすみ,中国人からの経済的圧迫が強くなり,土司・土官を中心とした少数民族の反乱が多くなり,明代以後,こういった地域に対して改土帰流が行われるようになった。改土帰流とは土司・土官を廃して流官(中央政府から派遣された正式の官吏)を設置し,その地方を内地同様の州県制によって治めるということで,中央政府による直接統治をめざすものであった。とくに清代においては,雍正年間に鄂爾泰を中心として雲南省・貴州省などに,清の強力な武力を背景として,改土帰流が大規模に行われた。しかし清末になっても数百に及ぶ土司・土官が残存し,中華民国にいたっても土司制度による間接統治が依然として行われ,改土帰流が全面的に完成されることはなかった。〔参考文献〕余貽沢『中国土司制度』1947