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●契嵩 かいすう

アジア 中華人民共和国 AD1007 北宋

 1007〜72 北宋時代雲門宗の僧。藤州鐔津(広西省藤県)の人。俗姓は李氏,字は仲霊,自ら潜子と号した。のちに仁宗より明教大師の号を賜る。7歳で出家し,13歳で得度落髪,14歳で具足戒を受けた。19歳のとき遊学を志し,湘江を下って衡山・廬山に登り,ついで瑞州洞山の暁聡に師事して禅法を学び,雲門宗の法系を継いだ。1041〜48年ごろ(慶暦年間)杭州にいたり,ここに居を定めた。このころ多くの知職人が韓退之の排仏尊儒の説に同調していたが,彼はひとり反対し,仏教の“五戒”“十善”は儒教の“五常”に通ずるとして「原教」「孝論」などを著した。これらは「輔教編」と呼ばれ『鐔津文集』に収められている。彼の融合論は以後の思想界に大きな影響を与えた。また禅宗と天台宗の宗門伝統の対抗意識の高まるなか,『伝法正宗記』『禅門定祖図』『伝法正宗論』などを著し禅門の伝統を明らかにした。