●海西女直 かいせいじょちょく
アジア 中華人民共和国 AD
明代,満州の女直の1種族。明人は満州の女直を建州・海西・野人の3種に分けて理解したが,満州北部の平原地帯にあたる松花江の流域・長春・ハルピン付近にいるものを海西女直と称した。女直自身も同様の類別を意識していたようで,海西女直は発祥の地フラウン江(ハルピンの北で松花江に合流する現在の呼蘭河)にちなんで,フラウンと自称した。永楽帝は,満州の女直を招諭し,衛所制を女直社会にあてはめ勢力下に置いたが,海西女直は女直諸族のなかでは比較的従順で,定期的に朝貢を行った。エセンがモンゴルを支配すると,海西女直も一時エセンの勢力に屈した。その後,南下する傾向にあり,16世紀中葉には,貿易上の利点から開原辺外のエホ・ハダ,吉林(きつりん)北方のウラ,輝発河渓谷のホイファの4国が成立した。この4国が海西女直の中心をなすフルン四部であるが,1619年(天命4)までにヌルハチの支配下に入る。