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●開成所 かいせいじょ

アジア 日本 AD 

 幕末の幕府の外交文書翻訳・洋学研究・教育機関。嘉永・安政ころになると対外関係の活発化により,旧来の蛮書和解(わげ)御用による対応では不十分となり,翻訳・研究・教育を行う独自の機関の必要が痛感された。1854年(安政1)から検討が始まり,洋学所と称されたが,1856年(安政3)蕃書調所の名で開所,翌年正月から授業も開始した。1862年(文久2)洋書調所と改称,ついで1863年(文久3)に開成所と改められた。このころになると和蘭・英・仏・独・露の各国語のほか,天文・地理・究理・数学・物産・精煉・器械・製図・印刷などの諸学科が設けられ,研究と教授がなされ,軍事科学を中心とする諸科学の研究教育という目的に,ある程度答えられるようになってきた。研究は自然科学のみでなく,人文・社会科学の分野にも及び,とくに西周津田真道が1865年(慶応1)オランダ留学から帰国すると,政治・経済・法律の学や西洋哲学の研究も行われた。1868年(明治1)新政府へ引き渡された。なお,明治初期に活躍した人物には,『明六雑誌』の同人など開成所関係者が少なくない。

〔参考文献〕倉沢剛『幕末教育史の研究』1983,吉川弘文舘