●懐月堂 かいげつどう
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18世紀前半に江戸で活躍した浮世絵の一派。その祖は懐月堂安度(あんど)で,通称を出羽屋源七といい,懐月堂と号した。生没年は不詳。安度は工房を営み,懐月堂末葉を名乗る弟子の安知・度繁・度辰・度種・度秀らを駆使して,自ら創始したスタイルによる肉筆美人画を大量生産した。その美人画は,懐月堂美人と呼ばれるもので,豊満な体を“くの字型”に曲げ,豪華な衣装をつけた遊女の立姿を背景なしに描いている。衣装は肥痩のある豪快な線で輪郭を大づかみに描き,多彩で華麗な模様を大柄に表している。安度をはじめ懐月堂を名乗る絵師は,いずれも名前の上に“日本戯画”の語を冠した。安度は肉筆だけだったが,安知や度繁らは版下も描いた。安度は1714年(正徳4)に,大奥女中の江島と俳優生島新五郎の密通事件に連座し,伊豆の大島に流された。中心人物を失い,懐月堂派は大きな打撃を受けた。『髪をなおす立美人』は安度の代表作。