●海禁 かいきん
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中国の主として明・清両王朝によって施行された私貿易制限政策。14世紀の初め,倭寇の出没に悩まされた元王朝は従来の自由貿易を統制し,官許貿易のみを認めることとした。明代にいたって太祖朱元璋によりその政策はさらに徹底され,勘合符を与えられた朝貢船舶のみが中国との貿易を許されることとなったが,このような朝貢貿易も明朝政府の財政が逼迫するに従って徐々にその数を減ぜられた。その一方,国内の経済的発展に伴って民間の海外貿易に対する欲求は高まり,密貿易が頻繁に行われるようになった。16世紀にいたって激化したいわゆる後期倭寇,とくに嘉靖期後半の海寇反乱は,海禁政策の強化をはかる明朝政府と自由貿易を渇望する民衆との一大衝突としてとらえることもできる。その結果,明朝は1567年(隆慶1)に海禁を大幅に緩めざるをえなくなった。清初には,台湾に拠って抵抗をつづける鄭氏の勢力の孤立化を目的として,5省にわたる沿海の住民を内陸に移住させた,いわゆる遷界令が施行された。これは鄭氏降伏後に解除されたが,海外貿易に対する諸種の制限はアヘン戦争で事実上無効化するまで存続した。