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●海関 かいかん

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国の海港における貿易管理と関税徴収機構。中国の海関制度は唐から明にいたる市舶司制度に由来する。清朝では1685年(康煕24)粤・ビン※注1※・浙・江の4海関を置いたが1757年(乾隆22)外国貿易を広州一港に限ったたため粤海関のみとなり,貿易の管理徴税は特許商としての公行が請負った。その後この公行制度は南京条約で廃止され,条約で開港した5港に新関が置かれたが,徴税業務に官吏が直接あたったので不正が多かった。そこで1853年(咸豊3)太平天国に呼応して小刀会が上海を占領し海関の機能が麻卑したのを機会にイギリス・フランス・アメリカ3国による関税管理委員会が結成され,外国人が海関を管理する制度が始まった。ついで1858年(咸豊8)の天津条約の付属協定で上海の方式が各開港場にも適用されイギリス人の総税務司が全海関を統一的に管理するようになった。海関収入は清朝の財政を助けるとともに内外債償還,賠償金支払いにも充当されたが,外国人の管理は国権回復運動の対象となり,しだいに権限縮小され新中国の成立で消滅した。

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