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●海運局 かいうんきょく

アジア 中華人民共和国 AD 

 大運河による漕運に弊害が現れるなかで,海上運送による漕糧輸送をはかるために清朝が設置した官庁。大運河は元来不断の改修工事が必要である上,運送を担う旗丁・水手の規律もゆるみ,清朝はその抜本的改革に迫られていた。1825年(道光5)黄河の大氾濫を契磯として,両広総督・安徽巡撫らの建議をうけ試験的に海運を採用する。すなわち上海に海運総局,天津に海運局を設け,商人に依頼してジャンクで江南の米を天津に輸送したのである。海運はその後いったん中止されるが1848年には再開され,1852年(咸豊2)12月には浙江省城に海運総局,上海にその分局が設置される。海運は徐々に河運を圧倒しはじめ,咸豊年間(1851〜61)には河運3に対し海運7といわれ,さらに同治年間(1862〜74)には河運1に対し海運40といわれるまでになった。1860年代初の汽船利用の開始は,それまでの懸案であった海賊対策を解決させると同時に,1872年に設置される招商局への業務移管の道を開くことになる。