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●甲斐 かい

アジア 日本 AD 

 国名。現在の山梨県。東海道に属する。信濃・駿河・相模・武蔵4国に囲まれる内陸国。大菩薩の連峰と御坂の山地によって.国中と郡内の2地城に分けられる。『延喜式』では,山梨・八代・巨麻(のち巨摩)・都留の4郡。『和名抄』には26の郷名がみえる。平安時代には多くの宮牧・荘園がおかれ,平安末に源頼信,その孫新羅三郎義光が甲斐守に任ぜられ,子義清以来土着。義光の曽孫信義は武田氏を称し,一族が国内に繁殖した。鎌倉・室町時代には武田氏が守護となった。戦国時代武田信玄が一族や国人衆をおさえ,さらに信濃・上野・駿河をあわせて威を振った。子勝頼のとき,1582年(天正10),織田信長に攻められて滅亡。江戸時代には徳川一門の義直・忠長・綱重・綱豊らが領したが,柳沢吉保・吉里が藩主となり,その転封後は,幕府直轄地となり,甲府勤番支配がおかれた。ぶどう・製紙などの国産品が発展,郡内地方の絹織物業が盛んとなった。1868年(明治1)甲斐府がおかれ,翌1869年改めて甲府県とし,1871年山梨県と改められた。