●御嶽信仰 おんたけしんこう
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長野県木曽の御嶽に対する信仰。御嶽は初め王嶽と呼ばれ,修験道の国峯として王の御嶽と尊称されていた。その後中世にいたって民間信仰としての独自の信仰が生まれ,厳しい潔斎をへた山麓周辺の道者と称する人々が,集団的に山頂に登拝する習俗が行われるようになった。この信仰は近世中期まで続き,さらにこれが1784年(天明4)尾張の行者覚明によって三岳村黒沢口が,1794年(寛政6)江戸の行者普寛によって王滝口が一般民衆に開放されたのがきっかけとなって,全国的に信仰圏が拡大され,登拝団体である講社(教会)の組織づくりが行われた。現在教会の数約1,000・信者数約150万人といい,毎年30万人にのぼる,御嶽まいりと呼ぶ信者の登拝が行われている。御嶽信仰は,死後霊魂は御嶽に帰るという信仰から山内に霊神碑と称する石碑を建立する習俗や,神霊や霊魂を憑依させる「御座」と称する神がかりによる病気治療や占いをする行者を擁することなどが特色となっている。
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