50音順    検 索

●恩賞方 おんしょうかた

アジア 日本 AD 

 建武政府および室町幕府の恩賞担当部局。元弘の乱後,恩賞を望む武士が多く,恩賞事務は渋滞しがちであったが,恩賞は武士の向背に直接影響を及ぼす事柄であったから,建武政府は成立直後に恩賞事務を取り扱う恩賞方を発足させた。しかし,恩賞方は単なる審議機関で,決定権は後醍醐天皇自身が握っていたため,恩賞方を経由しない新恩の乱発をみた。また,恩賞問題は所領関係の訴訟と不可分の関係にあったこともあって,1334年(建武元)5月には吉田定房・九条光経・万里小路藤房・四条隆資らの雑訴決断所頭人に恩賞方頭人を兼ねさせ,全国を四地域に分けて機構を拡充強化したが,足利尊氏派の不参加で十分な効果をあげることができず,建武政府の終焉を迎えた。室町幕府も1336年(建武3)恩賞方を置き,将軍直属の部局としたが,室町後期になると恩賞方は本来の実質を失い,恩賞事務は他のいずれかの部局が担当するようになったと考えられている。