●オレゴン問題 オレゴンもんだい
ヨーロッパ 英国 AD
アメリカのロッキー山脈以西,北緯42度から54度40分のオレゴン地方をめぐって米・英両国内におこった国境画定問題。ロシアやスペインも領有権を主張したが,スペインは1819年,ロシアは1824年に領有権を放棄した。アメリカは,1792年のロバート=グレイによる発見,1804〜1806年のルイスとクラークの探検,1811年のジョン=ジャコブ=アスターの交易所設置を根拠に領有権を主張したのに対し,イギリスは,1778年のジェームズ=クックの航海,1792年のジョージ=ヴァンクロフトの航海やイギリス人による交易所の設置を根拠に領有権を主張した。1818年の協定で英・米の共同統治とされたが,1840年代ミズリー州のインデペンデンスからコロンビア川流域に至るオレゴン道を通ってアメリカ人が大量に移住し,国境問題の解決を求める声が高まった。民主党のポーク大統領はオレゴン全域の領有を主張したが,1846年6月のオレゴン協定で北緯49度線を国境とした。