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●鄂爾泰 オルタイ

アジア 中華人民共和国 AD1677 清

 1677〜1745 中国,清時代の政治家。姓はシリンギョロ(西林覚羅)氏。1699年(康煕38)に挙人,すなわち中央の文官登用試験資格をとり官吏の道へ進む。1716年(康煕55)内務府員外郎という官位につく。当時の皇子雍正帝(在位1722〜1735)の依頼を断ったことから,その名が知られ,そののち雍正帝が帝位についてからとくに信任を得た。1723年(雍正1)には江蘇布政使(行政官),1725年(雍正3)には雲南巡撫(総督につぐ官位)をへて,雲南・貴州・広西の三省の総督(最高長官)に任ぜられ,ミャオ(苗)族の反乱の際,それを鎮定した。彼は異民族政策において,改土帰流,すなわち,異民族の自治を一般行政下に置く方策を行い業績をあげ,のちに内閣大学士,軍機大臣として乾隆帝即位後も厚い信任を受けた。1745年(乾隆10)在任のまま没し,その亡骸は雍正帝の遺言により太廟に安置された。