●オールコック
ヨーロッパ 英国 AD1809 ハノーヴァー・ウィンザー朝
1809〜1897 幕末期のイギリスの外交官。1844年の中国厦門領事を皮切りに,1846年,上海領事となるとイギリス租界の設立・拡大に努めた。ついで1856年,広東領事となり,同年末のアロー号事件で活躍した。1858年末日本総領事となり,翌年江戸へ着任し,高輪東禅寺へ居住した。同年末に公使へ昇任。当時,彼の競争相手はアメリカ公使ハリスで,しばしば対立した。彼の対日政策は,横浜開港の促進,貿易阻害の排除など積極路線をとった。1861年,水戸浪士の東禅寺襲撃事件でからくも難を逃れた。以後,駐日外交団の主導権を掌握し,江戸・大坂の開府と兵庫・新潟の開港を5年間延期するロンドン覚書(1862)を斡旋した。尊攘派に攘夷の不可能を悟らせるため,外国艦隊の下関砲撃を主張し,1864年,英・米・仏・蘭四国艦隊で下関を砲撃し,長州藩と交戦した。1865年,清国公使へ転じた。彼の日本関係の著書として『大君の都』(岩波文庫)が有名である。