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●鬼 おに

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 人間の生活を脅かす存在として恐れられている空想上の怪物。神秘的な力をもつものの,神に敵対し,人間に禍害を及ぼすものが悪魔と考えられているが,この観念はヨーロッパ社会においてキリスト教の広まりによって普及・定着したものであり,この悪魔に相当する東洋的観念の表出したものが鬼と称してもよい。しかし悪魔と鬼とではかなり異なったイメージがあり,中国と日本の鬼とのあいだにも相違がある。中国の鬼は元来死者の霊をさしているが,日本の場合は『万葉集』などで鬼を“もの”と読ませているごとく,死霊・精霊・モノを包含したものであり,さらには古くから風神・雷神が鬼の形相でとらえられていることからしても,荒ぶる神の一つであったといえる。また鬼ということばも,姿を隠している“隠形”のオン(隠)より転訛したものと考えられているが,必ずしも定説化しているとはいえない。いずれにしても,超自然的な恐ろしい力を発揮する存在が鬼であり,人間の抱く“恐れ”を背景として発展してきた。

【鬼のイメージ】各種に変化するモノとしての鬼が,しだいに具体的なイメージをもって描き出されるようになり,『今昔物語』に〈鬼は物言ふことなし,其形,身は八九身ばかりにて,髪は夜叉の如シ,身の色赤黒く,眼圓々して,猿の目の如し,皆裸なり,身に毛生ず〉というイメージが固定化し一般化した。こうしたイメージが形成される上で仏教・陰陽道などの影響も無視できない。とくに地獄の鬼は仏教思想の影響によって形成されたものといえる。一方,羅生門の鬼,酒呑童子茨木童子などのように,山中に住みながら里におりて人間と交渉をもち,里の人々より金品を奪ったり,里人をさらうなど災をもたらす姿にイメージされている鬼の一群がある。なかでも民話・伝説に登場してくる鬼はこうしたイメージで描き出されており,山人に抱く里人の観念を背景にしたものといえよう。

【鬼の両義的性格】修験道の開祖と仰ぐ役小角が鬼を退治し,これを前鬼・後鬼として従えた話はよく知られているところであり,役行者像でも前鬼・後鬼を伴ったものが一般化している。修験道が形成されてくると,鬼は単に調伏される存在のみでなく,修行を積み呪力を身につけた行者・修行者に従い活躍する存在ともなった。また悪鬼・邪鬼と称されて疫病などを蔓延させるなど悪の根元とされることの多い鬼は,その一方で悪霊を払い幸をもたらす存在とも考えられ,善悪両面を兼ね備えた存在といえる。たとえば民話に登場する鬼のなかには,里人から酒・食物を受けた返礼として薪を与えたり,怪力をもって開発を助けた話も少なくはなく,“鬼の田”“鬼の足跡”と呼称されている。また鬼が登場する行事も多く,鬼を追い払う追灘の形式が一般的であるとはいえ,むしろ招福除災として登場する鬼のほうが注目される。たとえば,旧正月7日に行われる豊後高田市天念寺の修正鬼会では,鈴鬼・荒鬼(赤鬼・黒鬼)など各種の鬼が登場するが,追い払われる存在ではなく,福をもたらす存在であり,愛知県山間部に伝えられる花祭りに登場する山見鬼・榊鬼・朝鬼,秋田男鹿半島のナマハゲに登場する鬼などは,初春を迎え,新たな年の安全と幸福を約束するために訪れる鬼といえるのである。

〔参考文献〕近藤喜博『日本の鬼』1966

馬場あき子『鬼の研究』1971

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