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●お伽噺 おとぎばなし

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 本来は,ひろくお伽のために話される話をいう。後には,もっぱら子ども向けに話される話をさす。

【伽という語の意義】もともと〈とぎ〉という名詞は,〈とぐ〉という動詞の連用形からきている。『多聞院日記』の1568年(永禄11)1月20日の条に,〈伽とき,人ノ徒然ナントノトキ也〉と記されたように,人のつれづれを慰めるために,その相手をつとめるという意味をもっていた。この「伽」という文字については,折口信夫の説によると,“ギヤア”というような音をもって,暗闇の魔物を追い払うわざを表すといい,柳田国男の説によると,人が加わるという形によって,多くの人が寄りあうことを表すという。いずれにしても,夜の闇を恐れて,魔性のものをしりぞけるために,伽のわざが求められて,多くの人が寄りあったということであろう。

【お伽のための話】とくに“おとぎ”というのは,この“とぎ”に“お”をつけたもので,貴人のつれづれを慰めるために,そのお相手をつとめることをさしており,お伽衆やお伽草子などと熟して用いられていた。桑田忠親の『大名と御伽衆』に示されたように,戦国時代から江戸時代にかけて,お伽の衆と称する者が,将軍や大名の側近に仕えて,その孤独や無聊を慰めていた。そのようなお伽の衆による話は,いわゆる童話の類ではなくて,むしろ武辺咄や怪異談などであったとみられる。さらに,江戸初期から中期にかけて,仮名草子や浮世草子の類に,「伽」や「お伽」を冠したものが少なくないが,その一例としての『御伽物語』では,巻5の目録題に「御伽咄」と記されており,これも成人向けの怪談咄をさしていた。江戸時代の咄本のなかにも,城戸楽丸の『御伽噺』などがあって,その序文の「御伽艸功能」には,そのようなお伽の噺が,庚申の夜に眠気をさますために,また雨の日につれづれを慰めるために行われたと示されている。そういうわけで,本来のお伽噺というのは,おおかたはおとな向けの話であったが,いくらかは子ども向けの話をまじえていたといえよう。

【子ども向けのお話】くだって明治時代には,このお伽噺ということばが,ひろくお伽のための話というよりも,むしろ子ども向けの話に限られるようになった。すなわち,坪内逍・の『小説神髄』には,〈劣等の作に至りては,偏へに童蒙のお伽ばなしとなり〉と記されている。そして,巌谷小波の『日本お伽噺』24巻,『世界お伽噺』100巻などには,日本や世界の神話・伝説・昔話などが,子ども向けにわかりやすく書かれている。さらに大正時代からは,おもに児童文学の分野で,あらたに童話ということばが,少なからず用いられるようになった。それでも,MarchenやfairYtaleに近い読み物をさすのに,このお伽噺ということばが,かなり広く用いられている。

〔参考文献〕桑田忠親『大名と御伽衆』1942,青磁社

市古貞次『中世小説の研究』1955,東京大学出版会

松田修「お伽とお伽衆」『日本藝能史論考』1974,法政大学出版局