●オーデル・ナイセ線 オーデル・ナイセせん
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD
ドイツとポーランドの国境線。1945年のポツダム協定はオーデル川とその支流であるナイセ(ニサ)川以東のドイツ領はポーランド管理のもとにおくことを定め,ドイツ・ポーランドの国境決定は講和条約締結まで保留することを定めた。しかし,ソ連はその後,オーデル=ナイセ線をもって,決定された国境線とみなし,東ドイツ(ドイツ民主共和国)も,1950年の対ポーランド協定でこれを認め,この国境線問題は,西側諸国とのあいだの東西対立問題となった。ことに西ドイツ(ドイツ連邦共和国)は,ドイツの東西分断を認めず,この問題は統一ドイツ実現後に決定すべきであるとして,将来においても認めないとの立場をとった。しかし1970年にいたり,現実政策をとった西ドイツのブラント政権は,ポーランドとのあいだに国交正常化をすすめ,ワルシャワ条約で,事実上この国境線を認め,希望するドイツ人のポーランド内居住が可能になった。
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