●オットー2世 オットーにせい
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD955 東フランク
955〜983 ドイツ王・神聖ローマ皇帝(在位973〜983)ザクセン朝のオットー1世の子。父王在世中すでに共同王・共同皇帝になる。東ローマ帝国皇女テオファノとの結婚(972)は,オットー1世がイタリアの東ローマ帝国領奪還をめざしイタリア遠征を行ったさい(966〜972),一部の領土を獲得したが,結局講和したのち実現した。シュヴァーベン併合をはかるバイエルン大公ハインリヒの反乱鎮圧(978)。対外的にはボヘミア王を臣従させ,ドイツ高権を離脱せんとしたデンマーク王を抑え,978年ロートリンゲンに侵入したフランス王ロタールを追撃,パリを包囲したが,980年和解。ローマの政争に苦しむ教皇救援のためイタリアへ遠征,ベネディクトゥス7世を復位させた。982年サラセンの侵攻をむかえ討ち,南イタリア(アプリアとカラブリア)獲得をめざしたが失敗。翌年再遠征途中ローマで客死。