●オタカル2世 オタカルにせい
AD1230
1230ころ〜1278(在位1253〜78)ボヘミア王。ヴァーツラフ1世の子。神聖ローマ帝国の大空位期に乗じて対外的に発展した。オタカルは購入,結婚,征服などによって,バーベンベルク家断絶(1246)後のオーストリア諸領を併せ,異教徒のプロイセンとリトアニアに対し十字軍を企てた。ハンガリー王ベーラ4世を破ってシュタイエルマルクを得,ケールンテン,クラインを継承。さらに神聖ローマ皇帝の地位を狙ったが,諸侯や教皇は強力な皇帝の出現を恐れ,1273年ハプスブルク家のルドルフを皇帝に迎えた。オタカルはこれに反対しルドルフと戦ったが敗れ(1278),逃亡中に殺された。彼は南はアドリア海岸まで領土を拡大した。北方でもドイツ人のベーメン,モラヴィアヘの移住を奨励,バルト海の拠点としてケーニヒスベルクを建設した。また,貴族の力を抑えて中央集権化を進め,通商・産業の発達を促進した。